20世紀転換期のフランスの風俗画家、ジャン・ベロー(1848-1935)の作品には、都市を闊歩する「女性帽子職人modiste」が多く登場する。テンマ・バルダッチはそれが男性の視線の対象に甘んじていないワーキングガール、「新しい女」であることを強調している。この解釈は、都市を観察する男性遊歩者によって特徴づけられたモダニティの概念を、ジェンダー論的な視点から検討する流れに属するものである。本論稿はこの「女性帽子職人」の表象を、同時代の他のイメー ジや言説群を参照することで吟味し、モダニティと性・ジェンダーの結びつきを再検討する試みである。 ベローは、グラン・ブールヴァールと呼ばれた当時のパリの繁華街を描きつつ、ブルジョワの世界に闖入する貧民や、新しい風俗であったスポーツをする女性に至るまで、多様な都市生活を題材とした画家であった。そのなかで女性帽子職人の表象は、同時代の大衆消費文化の発展を示すものであり、外で働く女性の登場としても解釈できる。 しかし、バルダッチの研究に欠けているのは、女性帽子職人に含まれる、「使い走りtrottin」の分析である。工房と顧客の間を駆けずり回る「使い走り」は、きらびやかなファッションに身を包みながらも不安定な雇用に甘んじる若い女性であり、末端の労働者として労働運動に参加した り、売春によって低い収入を補ったりする存在であった。スカートをたくしあげて歩く様子を見つめる男性は、ベローの作品においても、控えめな形であるが表象されている。 結論として、ベローの女性表象は、決して男性の性的な視線とは無縁の存在ではなく、ベル・ エポックの都市生活情景に潜む苛烈な現実も浮かび上がらせたものであると言える。大衆社会の黎明期における女性の存在を、理想主義的に語る...